昨日分更新。
今日深堀するが、近所のスポーツジム通うの検討中。
金額的には問題ない。
時間的にもいけそうな感じしてきた。
11月からいける体制を急いで構築する。


・価格次第で購入するのもアリ。

 →何が何でも無料で済まそうとすると、かえって時間消費することが多々ある。

  値段次第では購入した方が安くつく。


 →ポイントとしては、月1でも構わないのでセールやってないかチェックしてみるとか。

  数千円で買える買い物なら買っちゃった方が早い。


・どこまでを自分のモノサシで判断するか?

 →苫米地本、読書中。

  指摘されて、確かに自分のモノサシだと思って考えていたことが、他人のモノサシだったりする。


 →プライベートなことであれば自分のモノサシで判断し、行動して問題ないと思われる。

  それにどういった形で他者と関わるかによって、他人のモノサシを使う必要が出てくる。


 →注意点は、どちらのモノサシも盲信すると痛い目にあるのではないだろうか?

  会社のモノサシで考えた時、優秀なビジネスマンであることが望まれる。

  優秀なビジネスマンであることが個人のモノサシで見た時に必須であるかどうか人それぞれだと思われる。

  但し、優秀なビジネスマンであった方が、会社のモノサシで考えた際に評価され、より多くの収入を得られる可能性は高いのでは。多くの収入を得ることが個人のモノサシで必須なのかは知らないが、出来る選択肢が広がることは間違えないと思われる。


 →個人的には、個人のモノサシ在りきで進めてよいような気はする。

  但し、なるべく個人のモノサシでも、他人のモノサシから見た際にも有効であるものから優先的に獲得するという意味で。

  理想論で言えば、自分のモノサシ8:他人のモノサシ2位のバランスがよいのだと思われる。

  それを実現するためには、自分の代わりに成果物に頑張ってもらうスタンスがよいと思うのだが。


・やってることが苦しく感じる時はどうなのか?

 →多分、結果で判断すべきなのでは。


 →自分のモノサシでゴールを定めて、それに向けて実現するための行動を行なう。

  行った行動が楽しいなら、それに越したことはないけど、つまらない、苦しいと感じるのもまたおかしな話ではないはず。

  その行動を行った結果、ゴールに近づいたのか?そもそもゴールは本当に自分が欲しいものなのか?

  そこを間違えないようにチェックすることが重要になってくるのかも知れない。


 →自分の感覚で言えば、それが苦しくてつまらなかったとしても、それ以外にとれる方法がないのであれば、それを実行せざるおえない。ある種の諦めの境地に達すると思うのだが。

  やってることが苦痛になったら別のことを行なう。回転率を上げてやればよいだけの話だと思うのだが。

  例えば、小説ノウハウのドキュメント整理に飽きたら、苫米地本を読む、思考深堀を行なうとか。

  頭がスッキリした状態でもっかい小説ノウハウのドキュメント整理を行えばいい。

  自分の望んでいる速度で物事が進められないと苦痛を感じる傾向がある。

  

・多分化学反応が好きなのか?

 →自分の中で新しいと思える発見とそれに解釈をつけることが好きなんだと思う。

  そもそも、何でそれが好きなんだろうか?


 →多分、現実が思い通りにいかないからか?

  だから、選択肢を拡げる選択を見つけたいし、採用したいのかも知れない。

  今度は何となくうまくいくような気がする。

  自分のモノサシベースで動くと決めたから。 


・ハードオフ感想

 →PS3のソフトが50円で売っていて、

  34年前のスクエアが出した、何とか殺人事件とか言うファミコンのゲームが500円で売られていたことが印象的だった。


 →一度市場に出回ったコンテンツに値段はあってないようなものだと再認識させられる。

  例えそれがすごい技術で作られた商品であったとしても、必要数を満たしてしまうと、値段はあってないようなもの。

  値段は思い出補正によってつけられる。


 →コードレスクリーナーが5000円未満で売ってたのは普通に安いなと思った。

  但し、スペックがどうなのかよくわからないし、持ち運びを考えると原付きで購入は厳しそうだったが。


 →実店舗代、人件費がかからない中古商品なら中古で調達してもいいのかなと思った。

  そこがかかっている場合は、アマゾンで購入しても、それ程大差ない感じがする。

  目利きの人なら中古ショップで購入でもいい気がした。


 →スマフォ、タブレット関係につけられている値段が妥当なのか、自分には全く分からなかった。

  その手の分野に疎いことがよくわかった。

  道具がこちらの必要要件を満たしているかで判断すればよいのであれば、欲しいものを検索。

  どんなことが出来るのか。評判のよい商品はどれなのか。

  評判のよい商品を新品と中古、どちらで購入した方が結果的に安くつくか。

  そこで判断でよさそう。


・未来が過去を作るという発想は、どう取り込めばよいか?

 →苫米地本であった解釈。


 →キリスト教的な考え方で言うと、未来は過去によって作られる。

  因果応報的な考え方なのかも知れない。

  過去に行ってきた行いによって、未来は決まるという考え方。

  積み上げ式の考え方。


 →キリスト教を意識したことはないけど、個人的にはしっくりきている。

  全くもってその通りだと思うのだが。


 →仏教の考え方で、違う解釈もあるらしい。

  それが未来が過去を作るという考え方。


 →イメージとしては、自分達は川の中伏にいて、上流から流れてきたものを取捨選択しているらしい。

  ゴール(上流)をどこに置くかによって、流れてくるものが異なってくるらしい。

  苫米地さんが言うには、未来は過去の行いによって作られるものではないということ。


 →恐らくだけど、自分の都合の良いように解釈すればよいと思う。

  どちらが正しいというより、どちらも正しいが、正しいのではないだろうか。

  その上で、自分のように全てを一度失った人間としては、過去によって未来が作られるのであれば、

  人生終わっていると思う。全然楽しくないし、満足しない。幸せじゃない。不幸だ。


  そういう人間は積極的に未来が過去を作るという考え方を取り込んだ方がよいと思う。

  正直、未来と過去に因果関係が全くないとは考えられないが、それでも未来を決めることで、

  これから(現在という名の過去)を作れる要素もまた残っていると思う。


 →作家になるということに関しては、未来を定めることでそれを実現することは可能だと思う。

  そして、過去の行いが、作家になることを枷になっているかといったら、直接的にはそうではないと思う。

  単純に自分が過去に囚われているだけだ。今まで使ってきた他人のモノサシで物事を見ようとしているからだ。


 →繰り返しになるが、物事、自分の都合の良いように解釈して生きるのが一番だと思う。

  過去に囚われて生きてても、やりたいことが制限されるだけだから。

  逆に過去が充実していて、今も充実しているのであれば、今の暮らしを大切にした方がよいと思うし。


 →物理的に制限されているなら、ある意味仕方がないと思うが、精神的にとらわれていて足が竦んでいるのであれば、竦む必要はない。幸いやりたいことに他人はそれ程関与しないわけだから。少なくとも今着手しているフェーズでは他人は関与しない。何もゴールを達成する上で物理的な障害はない。


 →多分、無意識的に今までも未来を見てきたんだと思われる。

  但し、自分の能力や性質、背負っているリスクに無頓着だった。

  そして、それがマイナスに噛み合い、持っているものを根こそぎ奪われて負債だけ背負い無意味に終わった。

  そこで初めて過去に対して目を向ける気になり、自分が使用していたモノサシに疑問を覚えることになったのだと思う。

  そんなもん、1年も堪能すれば十分だろ。

  そろそろ、もう一度未来を見ても良いと思う。

  今度は足元掬われないように1年かけて地盤固めをやってきたんだから。

  相変わらず吹けば飛ぶような危うい立場ではあるが、時間だけはたっぷり調達出来た。

  時間を思いつく限りで、最高効率で活用出来る環境とノウハウも用意、蓄積出来てきた。

  今後も、自分のモノサシで勝負を仕掛けてゆけば、悪い結果にはならないと思う。